8. 第4回公判(司法解剖鑑定人)

ことりの傍聴メモ
第4回公判は2002年10月7日(月)午後1時30分より,東京地方裁判所第528号法廷にて。 裁判官は杉山慎治(裁判長),横山泰造,蛯原意の3名。 東京大学大学院医学系研究科法医学教室の上村公一医師が証人として出廷。
上村氏は司法解剖における鑑定人である。最初に証人としての宣誓。続いて検察側,弁護側,裁判官からそれぞれ質問が行われた。

1.検察側からの質問

Q) 証人の経歴は?

A) 平成4年3月に京都府立医科大学を卒業,同大助手となる。平成11年4月に山口大学医学部法医学教室助手,平成12年7月から東大大学院法医学教室助手。司法解剖約200例を経験,鑑定書100通以上を作成。

Q) 鑑定書に補助者として吉田医師の名が記載されているが,この補助者の役割は?

A) 全く補助的な役割である。同時に2体の解剖を行っており,補助者は隣の解剖台との間を行き来しながら双方の補助を行っていた。

Q) 鑑定書の内容は間違いないか?

A) 記載のとおりである。

Q) 日医大へ転院後2000年12月29日の手術(通算2回目)で行われた空腸と肝門部との縫合について,空腸は大腸の背側であったか,腹側であったか?

A) 覚えていない。一般的には背側である。

Q) 腸の損傷はどの程度であったか?

A) 癒着がひどく,個々の損傷を識別することはできなかった。

Q) 鑑定書に被害者の生前の治療状況が書き加えられているのはなぜか?

A) 参考のために書き加えた。いつも行っていることであり,本件だけ特別というわけではない。

2.弁護側からの質問

Q) 証人の専門分野は?

A) 法医学。現在はとくに細胞死の研究。京都府立医科大学ではアルコール医学の研究。

Q) 胆道系疾患やイレウスの症例を解剖した経験は?

A) 本件と同一の経験はない。腸の縫合不全という例はある。

Q) 臨床経験は?

A) ない。

Q) 本件当事者に個人的な知り合いなどがいないか?

A) 証人は関西人であり,係累などはない。

Q) 死因の起序は?

A) 腹膜炎 → 癒着 → イレウス(腸閉塞) → 腸内容物のうっ滞 → 腐敗による敗血症

Q) 最初の手術後,ドレーンから胆汁の排出がみられたにもかかわらず5日間にわたり経過観察を続けたのは,医師としての注意義務違反といえるか?

A) いえる。

Q) 内視鏡手術において,トロッカー(器具を体内に入れるための管)の挿入時に下大静脈を損傷することはありうるか?

A) 頻繁ではないが,ありうる。

Q) トロッカーで下大静脈を損傷する場合,その前面にある腸も傷つくか?

A) 実例は知らないが,理論的には十分起こりうる。反対に,うまく腸をよけて下大静脈だけを傷つけることもありうる。

Q) 下大静脈を損傷した場合,直ちに内視鏡手術から開腹手術に切り替えるのは正しい処置か?

A) 正しい。

Q) 腹腔内の癒着が激しい場合,手術中に総胆管を損傷することはありうるか?

A) 胆管は細いので,理論的に考えればありうる。癒着が激しければやむを得ないであろう。

Q) 胆のうと肝臓が癒着しており,これを剥離する場合,肝床部(肝臓の,胆のうと接している部分)も傷つけることはありうるか?

A) わからない。

Q) 一般に開腹手術後は,正常な経過をたどっても一時的に腹膜炎に近い状態になるのではないか?

A) 部分的にはそうである。だが腹腔内全体に広がるとすれば術後管理に問題があるといえる。

Q) 胆のう摘出後,ドレーンから胆汁を含む体液が漏れている場合,徐々に少なくなるのを期待して経過観察するのは間違いか? 精密検査を行うまで,どれくらいの期間なら待ってもよいか?

A) わからない。漏出量の多少や全身状態を考えて,ケースバイケースで判断することになるだろう。

Q) その場合に考えられる検査は?

A) CT,エコー(超音波診断),ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影撮影 - 専用の内視鏡を口から十二指腸まで挿入し,総胆管が十二指腸へ出ている口から逆に造影剤を送り込んでX線撮影する)

Q) 本件で,佐藤病院においては,最初の手術から精密検査を行うことを決定するまでに5日間かかっているが,どれくらいの期間が経過すると「検査を怠っていた」と判断されるか?

A) 自覚症状(痛みなど)があるか,発熱があるか(腹膜炎のおそれがある),が重要である。また全身状態,漏出する胆汁の量も併せて判断すべきである。本件においては発熱もあり,できるだけ早く精密検査を実施すべきであった。5日間というのは明らかに注意義務違反である。

Q) 佐藤病院に入院していた間に,循環不全はあったか?

A) わからない。

Q) 佐藤病院でドーパミン,ミラクリットが投与されているが,これは循環不全があったことを示しているか?

A) 患者が比較的若いことから,ドーパミンの投与は異例である。循環不全による血圧の低下があり,それに対処するために投与したものと考えられる。

Q) 循環不全があった場合,尿量の低下も起こるか?

A) 一般的には起こる。

Q) 佐藤病院に入院していた間に,腎機能障害はあったか?

A) 解剖からはわからない。

Q) 佐藤病院に入院していた間に,肺の異常はあったか?

A) 鑑定では,肺についてはとくに重視しなかった。

Q) 胆汁性腹膜炎で強い炎症がある場合,手術の緊急性は?

A) 緊急性は高い。

Q) 日医大転院後,2000年12月29日の再手術は,1期的に「胆管空腸吻合術」を実施したが,これは2期的に(2回に分けて)行うべきだったのではないか?

A) 一般的に,可能ならば1回で済ませるのが望ましい。

Q) 腸に浮腫があったとしてもそうか?

A) 実施時の術者の判断による。

Q) 再手術の後,2〜4日経って,白血球数の改善がみられた。この記録は見たか?

A) 記憶にない。

Q) 再手術の後の白血球数は,術後 16,500,2日目 6,500,3日目 5,900,4日目 6,900 となっている。この記録をどう見るか?

A) 炎症が軽減していることがわかる。一時的に状況が好転したという印象は受ける。

Q) 日医大転院後,2000年12月29日の再手術の後,腎不全はあったか?

A) わからない。

Q) 12月30日(再手術翌日)の麻酔科術後回診カルテによると,「手術後半より血圧低下,循環血液量の減少」とある。循環血液量の減少は陣機能障害の原因になるのではないか?

A) なる。

Q) その場合の一般的な対応は?

A) 輸液である。

Q) 12月29日,30日の記録では輸液量が 5,740cc となっているが,これは多すぎるのではないか?

A) 妥当かどうかはわからない。

Q) 輸液量が過剰である場合,どんな害があるか?

A) 最終的には肺水腫をもたらす。

Q) 2001年1月2日の記録で「胸水+」とあり,これは肺水腫の発症を示している。輸液の管理と関係があったのではないか?

A) あったかもしれない。

Q) 胆汁性腹膜炎が,肺水腫の直接の原因となることはあるか?

A) それは考えにくい。敗血症から多臓器不全に陥れば,肺水腫も起こる可能性がある。

Q) CVP とは何か?

A) 中心静脈の血圧。

Q) その標準値は?

A) 知らない。

Q) 日医大の看護記録によれば,2000年12月31日 CVP 30以上,2001年1月2日 CVP 40 となっており,これはかなり高い値である。CVP 値が高いことは何を意味するか?

A) 全身から心臓に戻る血液がうっ滞していること。循環血液量が多いこと。

Q) CVP 値が高い状態が続くと,腸の浮腫の原因になるか?

A) CVP 値が高い場合,肺水腫の危険を疑うのが普通である。

Q) 肺水腫とは?

A) 肺胞内に水がたまり,呼吸気とのガス交換を妨げ,呼吸不全となる状態。

Q) 呼吸不全はどんな結果をもたらすか?

A) 酸素不足となるため,全身にダメージがある。

Q) 解剖時にみられたイレウス(腸閉塞)は,まひ性のものか,機械性のものか?

A) 解剖時には激しい癒着があったため,その限りでは機械性のものということになるが,実際には両方があったのではないか。

Q) 2001年1月24日の再々手術の記録で「まひ性イレウス」という記述があるが,これは正しいのか?

A) その時点では,そうだったのであろう。

Q) イレウスの発症時期は?

A) イレウスか否かは臨床的判断によるものであり,解剖ではわからない。

Q) イレウスの原因は癒着によるものか?

A) おそらくそうだろう。

Q) 2001年1月24日の再々手術で,イレウスに対する処置を行っているが,この時点でのイレウスの原因はわかるか?

A) わからない。

Q) 2000年12月29日の再手術で腹腔内を洗浄し,空腸肝管吻合術によって胆汁の漏出を止めた。この時点で起きていた胆汁性腹膜炎は,その後どんな経過をたどると考えられるか?

A) 軽快するかもしれないが,始まってしまったものは止められない,という可能性もある。

Q) まひ性イレウスに対する通常の処置は?

A) 原因によって異なる。

Q) まひ性イレウスの原因としては,どんなことがあり得るか?

A) 中毒や,老人の場合は単に体位の変化だけでも起こりうる。

Q) 2001年1月24日の再々手術で,イレウスに対する処置を行っているが,この時のイレウスの場所は?

A) 解剖時には全体が癒着していたので,イレウスの場所はわからない。

Q) 解剖時,肝臓の肝床部はどんな状態だったか?

A) 肝門部と同様,高度の癒着があった。出血などはなかった。

Q) 2001年1月24日の再々手術時の記録では「腸の内腔はOK」とあるが,解剖時の状態はどうだったか?

A) 腸は癒着が強く,全体が塊のようにくっついており,引き出してほどくことが不能であった。従って全体が通っていた(詰まった箇所がなかった)かどうかは不明。

Q) 2001年1月24日の再々手術時の記録では「左下腹部は比較的癒着が軽度」とあるが,その後死亡までの間に癒着が進み,全体が癒着したということか?

A) そのとおり。

Q) 癒着の原因は,胆汁性腹膜炎によるもの以外に,手術を行ったこと自体(手術による侵襲)にあるのではないか?

A) その可能性はある。手術とは,その危険をあえて冒して実施するものである。

Q) 腸閉塞は腸内容物のうっ滞を引き起こすが,それによって敗血症に至るわけではないという説があるが?

A) うっ滞により腸壁がダメージを受け,内容物から毒素が血液中に入って敗血症に至ると説明されている。

Q) 腹膜炎が原因で敗血症に至ることはあるか?

A) ある。

Q) それは短期間に起こりうるか?

A) 起こりうる。

Q) 生化学検査報告書によると,2000年12月29日からクレアチニン値が 0.83,0.91,1.21,1.76,1.92,1.98 と上昇し,2001年1月4日には 3.33 となって,この日に集中治療室へ入っている。このことから,この時期に腎不全が起きていたと考えてよいか?

A) そうおもう。

2.裁判官からの質問

Q) 解剖の日時は?

A) 平成13年(2001年)2月10日の午後。

Q) 解剖の目的は?

A) 死因を特定し,医療行為の妥当性を確かめるため。

Q) カルテは読んだか?

A) 解剖後にカルテのコピーを読み,解剖鑑定書を書く上で参考にした。

Q) カルテはどの程度詳しく読んだか?

A) 解剖時にはざっと目を通した程度。その後コピーをもらった。

Q) 解剖所見だけ(カルテの記載を参考にしない)からわかる死因は?

A) 点状出血がみられ,敗血症と考えられる。開腹してみると胆のうがなく,腸の癒着がみられ,腸の一部は拡張して白っぽくなり,大量の便が滞留していた。これはイレウスを示しており,患者の年齢(36歳)から考えると,腹膜炎からイレウスを起こし敗血症に至ったと思われる。後刻カルテを調べた結果,佐藤病院における治療に問題があったと判断した。転院後の日医大病院の処置には問題はないと思う。


鑑定書を証拠採用し,本日は閉廷。
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あっ,差が,おお。Last Updated: 14 November 2002
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